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結論:机に向かう時間を確保するのを、今年はやめた
2026年度の行政書士試験に申し込んだ。受験申込は今月17日が締切で、そちらも先に済ませてある。模試も申込済み。これで、あとは本試験まで走るだけという状態になった。
受験は今年で4回目になる。前回は二年前で、択一換算にするとあと3問正解していれば合格点の180点を超えていた。1問4点なので、12点足りなかった計算になる。選択肢を1つ絞りきれなかった問題が数問あった、という程度の差でしかない。実力が足りなかったのは間違いないが、根本的にやり方を変えないと届かない距離でもない。
そこで今年は、勉強の内容ではなく勉強のしかたのほうを先に決めてしまうことにした。決めたルールは3つある。
1. 机に向かう勉強はしない。 移動時間と食事中にだけ、集中してやる。
2. 参考書は1セットだけ。 伊藤塾の解法マスター、民法・憲法・行政法の巻と、商法・基礎知識編の巻。この2冊以外は買わないし、開かない。
3. あとは問題練習しかしない。 インプットを増やすことに時間を使わない。
この記事は、なぜこの3つに決めたのかという理由と、実際にどう運用するつもりなのかの記録だ。同じように仕事をしながら資格試験に挑む人の参考になれば嬉しいし、自分にとっては後で振り返るための宣言でもある。
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これまでの3回:20代の論述時代から、あと3問まで
今年で4回目になるので、これまでの3回がどうだったかを先に書いておく。同じ試験でも、受けた時期によって自分の状態も試験の形式もかなり違っていた。
1回目は20代のとき。 まだ論述——原稿用紙に書かせる作文形式の問題があった頃だ。結果は、全く歯が立たなかった。点数を云々する以前の話で、そもそも試験というものに向き合う準備ができていなかった。今から振り返ると、記念受験に近い受け方をしていたと思う。
2回目は令和5年度。このときは足切りは超えた。行政書士試験には一般知識等(現在の基礎知識)で一定の点数を取らないと、法令科目がどれだけ良くても不合格になる基準がある。ここを突破できたのは前進だった。総得点は152点。合格点の180点まで28点というところで、まだ届かなかった。
3回目は二年前。 ここで一気に近づいた。択一換算で1問4点として計算すると、あと3問正解していれば180点を超えていた。12点差だ。マークシートの上では、鉛筆を置く位置が3か所違っていれば結果がひっくり返っていたことになる。
この3問がずっと引っかかっている。実力不足で30点、50点と足りなかったのなら諦めもつくが、12点というのは「たまたま」でも動く幅だ。逆に言えば、やり方を少し変えるだけで届く位置にはいるということでもある。
その悔しさがあったので、機会があればもう一度、とずっと考えていた。そして先日、受験申込を済ませてきた。
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3回受けて分かった、自分の負けパターン
点数の推移としては前進しているが、勉強のしかたという点では、毎回似たところでつまずいていた。回数を重ねたぶん、自分がどう失敗するかのパターンははっきり見えてきた。
負けパターンその1:勉強時間を「確保する」ところで力尽きる。 平日の夜に2時間、休日に5時間、といった計画を立てる。ところが仕事が長引けば夜の2時間は消えるし、休日に予定が入れば5時間も消える。そして「今週はできなかった」という負債感だけが残る。この負債感がきつくて、翌週はさらにやる気が落ちる。
負けパターンその2:参考書を買い足してしまう。 分からない論点が出てくると、今持っている本の説明が悪いのではないかと考えて、別の本を買う。買った時点で少し安心してしまい、結果としてどれも通読しないまま試験日が来る。3回目の時点で、本棚には手をつけていない参考書が何冊も並んでいた。
負けパターンその3:インプットで満足する。 テキストを読んでいる時間は、進んでいる感覚がある。理解できた気にもなる。けれど本番で問われるのは「知っているか」ではなく「選べるか」で、読んだだけでは選べるようにならない。あと3問というのは、まさにここで削られた分だと思っている。
3つとも、原因は違うようでいて根っこは同じだ。時間が足りないという前提を受け入れていなかった。足りない前提で組み立てれば違う手が打てたのに、毎回「まとまった時間さえあれば」という仮定の上で計画を立てていた。
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ルール1:勉強場所を「移動時間と食事中」に限定する
今年いちばん大きく変えたのがこれだ。机に向かう勉強を、計画から外した。
理由は単純で、机に向かう時間は自分の意思で確保できないからだ。仕事の状況次第で簡単に消える。消えると計画が崩れる。崩れると気持ちが折れる。この連鎖を断ちたかった。
対して、移動時間と食事の時間は、仕事が忙しかろうと発生する。むしろ忙しいほど移動は増える。ここを勉強の主戦場にしてしまえば、忙しさが勉強時間を奪わない構造になる。
「机がないと集中できないのでは」という懸念はある。実際、腰を据えて考える作業には向いていない。ただ、後述するように今年やるのは問題練習が中心で、これは1問ずつ完結するのでスキマ時間と相性がいい。
もうひとつ、これは実感なのだが、時間が限られているほうが集中できる。電車を降りるまでの15分、と決まっていると、そのあいだは他のことを考えない。机に向かって「今日は3時間やるぞ」と構えた日ほど、途中でスマホを触っている。
食事中については行儀の悪さを承知のうえだが、一人で食べる昼食の20分は、1日のなかでもっとも安定して確保できる時間帯だった。ここを使わない手はない。
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ルール2:参考書は伊藤塾の解法マスター2冊だけにする
使う参考書は、伊藤塾の解法マスターに絞った。民法・憲法・行政法をまとめた巻と、商法・基礎知識編の巻の2冊。この組み合わせで、試験範囲は一通りカバーできる。
前の記事では「参考書は1冊」と書いたが、実際に選んでみると科目の構成上2冊のセットになった。ただし、セットで1つと数えて、これ以外は増やさないという方針は変えていない。
絞る目的は、内容の善し悪しよりも迷う時間をなくすことにある。手元に選択肢があると、どれを使うか考える時間が発生する。分からない問題に当たったとき、別の本を開けば解決するのではないかという逃げ道も生まれる。1セットしかなければ、そこに書いてあることを繰り返すしかない。
解法マスターを選んだのは、名前のとおり「解き方」に軸足がある構成だからだ。知識を並べた辞書型のテキストではなく、問題をどう処理するかの手順が書かれている。今年の方針が問題練習中心である以上、参照する先も解き方の側にあったほうが噛み合う。
運用としては、通読は最初の1周だけにして、以降は問題を解いていて詰まった論点だけ引く辞書的な使い方に切り替える予定だ。スキマ時間に分厚い本を頭から読むのは現実的ではないし、通読で得た理解は問題を解かないかぎり定着しない。
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なぜ「1冊」ではなく「1セット2冊」なのか
前の記事では参考書1冊と書いたので、2冊になった経緯も残しておく。
行政書士試験の出題は、行政法と民法で全体のかなりの割合を占める。ここに憲法が加わる主要3科目と、商法・会社法および基礎知識の分野では、性質がだいぶ違う。前者は理解と当てはめが問われ、後者は範囲の広さに対してどこまで割り切るかの判断が要る。
解法マスターがこの2つを別の巻に分けているのは、その違いを踏まえた構成だと理解している。無理に1冊に詰め込んだ本を選ぶより、分かれているものを1セットとして扱うほうが素直だった。
重要なのは冊数そのものではなく、「これ以上は増やさない」という上限を先に決めておくことだ。2冊が3冊になり4冊になるのが今までのパターンだった。上限を宣言してしまえば、買い足したくなったときに「ルール違反だ」と自分にブレーキがかけられる。
こうして公開の場に書いておくのも、そのブレーキの一部だ。誰かが監視しているわけではないが、書いた以上は守りたくなる。自分に対する外圧を人工的に作っている。
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ルール3:あとは問題練習しかしない
3つ目のルールは、インプットを増やさないことだ。参考書を2冊に絞ったのと同じ発想で、時間の配分を問題演習側に寄せきる。
行政書士試験は、択一が中心で記述が加わる形式になっている。択一は結局のところ、選択肢を切れるかどうかで決まる。切るためには、その論点を知っているだけでなく、問われ方に慣れている必要がある。この「慣れ」は問題を解く以外の方法では手に入らない。
あと3問だったという結果は、知識の総量が足りなかったというより、この慣れの部分で削られたのだと解釈している。だとすれば、増やすべきはテキストを読む時間ではなく、問題に触れる回数だ。
スキマ時間との相性という点でも、問題練習は都合がいい。1問は数十秒から数分で完結するので、電車が着いても中断のダメージが小さい。テキストの通読だと「どこまで読んだか」を毎回思い出すコストがかかるが、問題演習にはそれがない。
解いたあとの復習をどう扱うかは課題として残っている。間違えた問題をその場で深追いすると時間が足りなくなるので、印だけ付けておいて、まとめて参考書に当たる運用を試すつもりだ。ここは走りながら調整することになると思う。
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スキマ時間を「勉強できる状態」にしておく準備
移動中に勉強すると決めても、実際に電車に乗った瞬間から集中できるわけではない。何をやるか迷っているうちに駅に着く、というのを何度もやった。だから準備のほうを先に固めておく。
やることを1種類に固定する。 移動中は問題を解く、と決めてしまえば迷わない。「今日は何をやろうか」を毎回考えるのは、それ自体がエネルギーを食う。選択肢を減らすほど、開始までの摩擦が小さくなる。
片手で完結する形にする。 電車で座れるとは限らない。立ったまま、片手で操作できる形式でなければ、混雑した日は勉強が止まる。紙の問題集を鞄から出して開いて、という動作が挟まるだけで実行率は落ちる。
中断されることを前提に組む。 乗り換えがあれば途中で止まる。だから「1問ずつ完結する」形式が要る。長い解説を読んでいる途中で降りると、次に開いたときにまた最初から読み直すことになり、体感の進捗が出ない。
しおりを不要にする。 どこまでやったかを覚えておく作業が発生すると、それだけで再開の腰が重くなる。前回の続きが自動的に出てくる状態にしておきたい。
この4つを満たす形を用意しておくのが、今年の準備作業のほぼすべてになる。教材選びよりも、こちらのほうが実行率を左右すると思っている。
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食事中の20分をどう使うか
移動時間と並んで主戦場にするのが、一人で食べる昼食の時間だ。ここは移動中とは少し性質が違う。
まず、移動中より腰を落ち着けられる。座っているし、手も比較的自由になる。そのぶん、移動中には向かない作業を回せる。具体的には、間違えた問題の解説を読む、参考書の該当箇所を引く、といった「少し考える」系をここに寄せる。
一方で、時間が読みやすい代わりに短い。20分前後で確実に終わる。だから「今日はここまで」の区切りをあらかじめ決めておかないと、中途半端なところで切れる。私は、間違えた問題を3問復習する、といった問題数での区切りにするつもりだ。時間で区切ると、残り時間を気にして集中が落ちる。
行儀の悪さについては、正直なところ割り切っている。一人の昼食は誰にも迷惑をかけないし、この20分を捨てると週あたり1時間半以上を失う。3回届かなかった身としては、そこを気にしている場合ではない。
ただし、人と食べるときはやらない。これは自分ルールとして明確にしておく。線引きを曖昧にすると、結局どちらも中途半端になる。
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申込を先に済ませてしまうことの効用
細かい話だが、今年は受験申込と模試の申込を、勉強計画より先に片付けた。これは意図的にそうしている。
行政書士試験の受験申込には締切がある。今年でいえば今月17日がそれで、過ぎれば1年待つことになる。当たり前のようでいて、「まだ実力がついていないから」と申込を先延ばしにする心理は実際に働く。仕上がっていない状態で金を払うのは気が進まない。
だが順序が逆だと思う。申し込んでいないうちは、勉強をやめる選択肢が常に残っている。忙しい週が続けば、そのまま自然消滅させることもできてしまう。先に退路を断つほうが、続ける確率は上がる。
模試についても同じで、日程が決まっていると、そこが自動的に中間目標になる。「模試までに問題集を1周する」という締切が外部から与えられる。自分で設定した締切は自分で動かせるが、模試の日付は動かせない。
手続きを片付けておくと、単純に頭の中が軽くなるという効果もある。「まだ申し込んでいない」という未処理のタスクが背景で動き続けるのは、地味に集中力を削る。先に潰しておけば、あとは勉強のことだけ考えていられる。
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模試は「ゲーム」として使う:受験者数・順位・偏差値が出るから続く
申込を済ませた模試について。模試を受ける目的は実力測定なのだが、私にとってはそれ以上に続けるための仕掛けという位置づけが大きい。
模試の結果には、受験者数、その中での順位、そして偏差値が出る。この3つが出るというのが重要で、自分の勉強がスコアという形で可視化される。前回より順位が上がった、偏差値が2上がった、というのは分かりやすい報酬になる。
独学の一番きついところは、やってもやっても手応えが返ってこないことだと思っている。参考書を50ページ読んだところで、それが合格に何ミリ近づいたのかは分からない。分からないから続かない。
模試はそこに数字を入れてくれる。しかも他人との相対評価なので、自分の中だけで完結しない。私はこれをゲームのスコアアタックだと思って扱うことにした。次の回でどこまで伸ばせるか、という遊びにしてしまえば、勉強のモチベーションを気合いで維持しなくて済む。
実際、前回もこの感覚があったから最後まで走りきれた。あと3問という結果は悔しいが、途中で投げ出していれば届いてすらいない。楽しめる仕組みを先に用意しておくというのは、長期戦になる資格試験ではかなり効くと思っている。
注意点として、模試の受けすぎには気をつけたい。復習が追いつかない量を受けても、順位が出るだけで力にはならない。回数は、自分が復習しきれる範囲に収めるのが前提になる。
もうひとつ、模試には「本番の時間配分を体に入れる」という役割がある。行政書士試験は3時間で60問を処理する。1問あたりに使える時間は、記述の分を差し引くと想像以上に短い。この感覚は、家で1問ずつ解いていても身につかない。
私は3回受験しているので時間切れの怖さは知っているつもりだが、それでも毎年、模試の1回目では時間配分を外す。知っていることと、その場で実行できることはやはり別だ。だから模試は「点数を測る場」であると同時に「時間の使い方を練習する場」でもある。
順位や偏差値を楽しむのは続けるための燃料で、時間配分の練習は実利。この2つが同時に手に入るので、模試は費用対効果が高いと思っている。
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スキマ時間だけで、実際にどれくらい積み上がるのか
「机に向かわない」と決めた以上、スキマ時間で足りるのかは自分でも検証しておく必要がある。時間を棚卸ししてみた。
平日の移動時間が往復で1時間前後、昼食が20分。合わせて1時間20分。これが週5日で、およそ6時間40分になる。休日にも多少の移動はあるので、週あたり7〜8時間というのが現実的な見積もりだ。
本試験までの残り期間で計算すると、100時間を超える程度は積める。行政書士試験の合格に必要な学習時間としてよく言われる数字には遠く及ばない。
ただし私の場合、3回受験しているぶんの蓄積がある。ゼロから600時間必要という前提は当てはまらない。必要なのは新規のインプットではなく、あと3問を埋めるための精度上げだ。同じ100時間でも、問題演習に全振りした100時間なら意味が変わるというのが今年の賭けになる。
この見積もりを出しておく意味は、途中で「思ったより進まない」と焦らないためでもある。最初から週8時間だと分かっていれば、それ以上を期待しないで済む。計画が崩れる原因の多くは、実行力ではなく見積もりの甘さのほうにある。
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4回目の受験ということについて
4回目、と書くと重たく感じる人もいるかもしれないので、その点にも触れておく。
受験回数が増えること自体は、私はあまり気にしていない。試験は合格すれば同じで、何回目かは資格の価値を変えない。気にすべきは回数ではなく、毎回同じ失敗を繰り返していないかのほうだ。
その基準で振り返ると、1回目から3回目まで、負け方は毎回違っていた。1回目は範囲にすら手が届かず、2回目は足切りを超えたところで頭打ち、3回目はあと3問まで来た。同じ失敗を繰り返しているわけではない、というのが唯一の救いになっている。
だとすれば、4回目で変えるべきは範囲の網羅ではなく、精度と実行率だ。今年の3つのルールは、すべてそこに向けて設計してある。教材を絞るのは迷いを消すため、問題演習に寄せるのは精度を上げるため、机を捨てるのは実行率を上げるため。
あと3問という距離は、裏を返せば「やり方を1つ変えれば届く」距離でもある。何もかもを見直す必要はない。効きそうな一点に賭けるほうが、限られた時間では合理的だと考えている。
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この作戦のリスクと、それでも選んだ理由
正直に書いておくと、この方針にはリスクがある。
記述式の練習が手薄になる。 記述は実際に書いてみないと力がつかないが、移動中に文章を書くのは難しい。ここだけは机が要る可能性が高い。現時点での折衷案は、模試の記述問題を復習するタイミングだけは例外として時間を取る、というものだ。ルールを完全に守ることより、合格することのほうが目的として上にある。
まとまった思考を要する論点に弱くなる。 民法の複雑な事例問題などは、腰を据えて図を書いたほうが早い。スキマ時間だけで処理しようとすると、分かったつもりで通過してしまう危険がある。
参考書を絞ったことが裏目に出る可能性。 解法マスターの説明が自分に合わなかった場合、逃げ場がない。ただこれは、逃げ場を作ったせいで3回失敗しているので、今年はあえて塞ぐ。
周囲から見て勉強しているように見えない、という副作用もある。 机に向かっていないので、家族や同僚からは遊んでいるのと区別がつかない。これは実害ではないが、「勉強しているアピール」が自分自身への動機付けになっていた面はあるので、その分をどこかで補う必要はあるかもしれない。記録を公開しているのは、その代替でもある。
それでもこの方針を選ぶのは、実行できない完璧な計画より、実行できる不完全な計画のほうが強いと3回かけて学んだからだ。理想的な学習計画は毎年立てた。立てたが、実行できなかった。実行できない計画は、立てていないのと同じどころか、罪悪感を生むぶん有害ですらある。
机に向かえる日があれば、もちろん向かう。ただしそれは計画に含めない。含めないから、できなくても崩れない。できたら加点、できなくても減点なしという設計にしておく。
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本試験までの流れ
ここまでで決まっていることを、時系列で整理しておく。
申込関係はすべて完了。 受験申込は今月17日締切のものを済ませた。模試も申込済み。事務手続きで悩む時間はもう発生しない。
今から模試までは、解法マスターの1周と問題演習。 参考書の通読はこの期間に片付ける。以降は辞書として使う。
模試期間は、受けた後の復習を最優先にする。 順位と偏差値を見て楽しみつつ、間違えた分野を特定する。ここで初めて「弱点」がデータとして出るので、以降の問題演習はその分野に寄せる。
直前期は、間違えた問題の再演習に絞る。 新しい教材には手を出さない。この時期に新しいものを始めるのは、不安を埋めるための行動であって、点数を上げるための行動ではない。
本試験は11月。4回目になる。
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記録を残すこと自体が、続けるための装置になる
最後に、この記事を書いていること自体についても書いておきたい。
私はこのブログを「学び、作り、振り返る開発記録」として運用している。技術の話が中心だが、資格試験の記録もここに混ぜている。分野が違っても、やっていることの構造は同じだからだ。目標を決めて、手を動かして、うまくいかなかった点を次に反映する。
記録を公開する効果は2つあると感じている。ひとつは前述した外圧で、宣言したことは守りたくなる。もうひとつは、後から自分の判断を検証できることだ。今年うまくいってもいかなくても、この記事が残っていれば「何を根拠にそう決めたのか」を後から辿れる。感覚で振り返るより、はるかに精度の高い反省ができる。
3回受けた経験で一番もったいなかったのは、落ちた理由を正確に言語化しないまま次に進んでいたことだった。なんとなく時間が足りなかった、なんとなく詰めが甘かった、で片付けてしまうと、次も同じ判断をする。
だから今年は、決めた時点で書いておく。模試を受けたら結果を書く。落ちたら何が足りなかったかを書く。受かったら何が効いたかを書く。どの結果になっても、記録としては残る。
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まとめ:時間がないことを、前提として受け入れる
今年の方針を一言でまとめると、「時間がない」を言い訳ではなく設計条件として扱うということになる。
3回受けたあいだ、私はいつも「今年は時間を作る」と考えていた。作れなかった。作れないものを前提に計画を立てていたのだから、崩れるのは当然だった。
今年は逆から組む。確実に存在する時間——移動と食事——だけを数え、そこに収まる分量に教材を絞り、そこでできる形式の勉強だけをする。足りないぶんは、3回ぶんの蓄積と、問題演習に全振りすることで埋めにいく。
うまくいくかは分からない。ただ、少なくとも「今週もできなかった」という感覚とは無縁でいられるはずだ。走り続けられるかどうかが、長期戦ではいちばん効いてくる。
模試の結果が出たら、順位と偏差値を含めてまた記録する。あと3問の続きを、今度こそ埋めたい。
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